法人への遺贈と譲渡所所得税の承継割合

法人への遺贈と譲渡所所得税の承継割合

1 はじめに

法人に対して遺贈がされた場合の課税関係は、事例紹介の本文でも若干ふれましたが、被相続人、受遺者及び相続人の3者それぞれが利害関係を有しており、遺贈の種類によっても納税義務者の範囲が異なるため、処理が複雑になります。

そこで、ここでは、事例紹介の本文では省略した課税根拠なども示しながらもう一歩突っ込んで検討をいたします。

2 法人に対する遺贈と譲渡所得税

2-1 法人への遺贈に関する課税関係の大枠

法人に対する遺贈に関する課税関係は、①遺贈をした被相続人に対する課税関係と遺贈をうけた会社に関する課税関係に関する問題(納税義務の発生とその根拠)、②上記①の被相続人に対して生じる納税義務を誰がどのように承継するか(納税義務の承継)、という2段階の問題に分かれます。

法人に対する遺贈と譲渡所得税の問題は①の遺贈をした被相続人に対する課税関係と②の納税義務の承継の問題になります。

2-2 遺贈とみなし譲渡所得課税(所得税法59条1号)

2-2-1 譲渡の意義と遺贈

譲渡所得税における資産の譲渡とは、「資産につき同一性を保持しつつ、他人に移転させることをいいます。例えば、売買、代物弁済、交換、現物出資などにより、資産の所有権を他人に移転すること」、「有償であると無償であるとを問わず、資産の移転を広く含む概念で、売買や交換(大阪高判昭38・9・23 税資37 号840 頁、東京高判昭59・7・18 行裁例集35 巻7号927 頁)はもとより、競売(最判昭40・9・24 民集19 巻6号1688 頁)、公売、収用(措法33 条以下参照)、物納(ただし、譲渡はなかったものとみなされる。措法40 条の3参照。)、現物出資(名古屋高判昭48・12・6月報20 巻5号179 頁、大阪高判昭49・10・15 月報21 巻2号444 頁、東京高判昭51・11・17 月報22 巻12 号2892 頁)」を含むとされています。

このように資産の譲渡とは、「他人」に資産を移転させる行為であるため、被相続人の法的地位を包括的に承継する相続は、法的には被相続人と同一の人格となるため「他人」に資産を移転させるとは言えません。包括受遺者は相続人と同一の権利義務を有する(民法990条)とされていることから、包括遺贈も同様に「他人」に資産を移転させる行為にあたりません。
したがって、相続と包括遺贈は資産の譲渡にあたらないと考えられます。

他方、特定遺贈(民法964条)については、包括遺贈のような規定(民法990条)がないこと、特定した資産を移転させる行為のため資産の譲渡にあたるように思われます。もっとも、この場合も移転の対価がない(無償)ため、所得が生じておらず、いずれにしても譲渡所得税の課税対象にはならないのが原則的な帰結になります。

2-2-2 みなし譲渡所得税による課税

このように遺贈に対しては、譲渡所得税が課税されないことが原則ですが、例外的に法人に対して遺贈がされた場合は、時価により譲渡がされたとみなして所得税を課税するとされています(所得税法59条1号)。

(贈与等の場合の譲渡所得等の特例)
第五十九条 次に掲げる事由により居住者の有する山林(事業所得の基因となるものを除く。)又は譲渡所得の基因となる資産の移転があつた場合には、その者の山林所得の金額、譲渡所得の金額又は雑所得の金額の計算については、その事由が生じた時に、その時における価額に相当する金額により、これらの資産の譲渡があつたものとみなす。
一 贈与(法人に対するものに限る。)又は相続(限定承認に係るものに限る。)若しくは遺贈(法人に対するもの及び個人に対する包括遺贈のうち限定承認に係るものに限る。)
二 著しく低い価額の対価として政令で定める額による譲渡(法人に対するものに限る。)

個人に対する遺贈の場合、遺贈の時点で譲渡所得税を課税しなくても(課税の繰り延べ)、いずれ当該個人が遺贈により取得した財産を譲渡した際にその値上がり益に課税することで所得税を徴収することができます。

他方で、法人に遺贈された場合、その後法人が遺贈により取得した財産を譲渡したとしても譲渡所得税を課税することができず(所得税法は、居住者及び一定の非居住者を納税義務者としているところ(同法5条1項及び2項)、居住者及び非居住者はいずれも「個人」とされており(同法2条3号及び4号)、法人は除外されています)、譲渡所得税を課税する機会がなくなってしまいます。

そこで、所得税法59条1号は、法人に対して遺贈がされた場合は、時価で譲渡がなされたものとみなして、この時点で譲渡所得税を課税することとして適正かつ公平な徴税を確保した趣旨と解されます。

したがって、本文の事例におけるA社に対する本件各遺贈についても、所得税法59条1号に基づき譲渡所得税が課税されることになります。この課税による納税義務は被相続人に対して発生しますが、既に被相続人は亡くなっているため、上記納税義務は相続債務として相続人等に承継されます。相続人・受遺者が複数いる場合、誰がどのように納税義務を承継するのかという点が次の問題となります。

2-3 譲渡所得税の発生と相続による承継

被相続人に対して発生した譲渡所得税の納税義務は、相続債務として承継されますが、この点に関しては、国税通則法5条が次のとおり規定しています。

(相続による国税の納付義務の承継)
第五条 相続(包括遺贈を含む。以下同じ。)があつた場合には、相続人(包括受遺者を含む。以下同じ。)又は民法(明治二十九年法律第八十九号)第九百五十一条(相続財産法人の成立)の法人は、その被相続人(包括遺贈者を含む。以下同じ。)に課されるべき、又はその被相続人が納付し、若しくは徴収されるべき国税(その滞納処分費を含む。次章、第三章第一節(国税の納付)、第六章(附帯税)、第七章第一節(国税の更正、決定等の期間制限)、第七章の二(国税の調査)及び第十一章(犯則事件の調査及び処分)を除き、以下同じ。)を納める義務を承継する。この場合において、相続人が限定承認をしたときは、その相続人は、相続によつて得た財産の限度においてのみその国税を納付する責めに任ずる。
2 前項前段の場合において、相続人が二人以上あるときは、各相続人が同項前段の規定により承継する国税の額は、同項の国税の額を民法第九百条から第九百二条まで(法定相続分・代襲相続人の相続分・遺言による相続分の指定)の規定によるその相続分により按分して計算した額とする。

2-3-1 包括遺贈の場合

国税通則法5条1項の規定をみると、相続人は、被相続人が負う納税義務を承継すると定めており、相続人には「包括受遺者」を含むとしています。

したがって、包括遺贈の場合、包括受遺者は納税義務を負うということになります。

なお、民法990条は、包括受遺者は相続人と同様の権利義務を負うと定めており、この条文からも包括受遺者が納税義務を承継することは導けることから、国税通則法5条1項は民法990条と整合性がとれた規定と言えます。

相続人・包括受遺者が複数人存在する場合、内部的な関係分担をどう処理するかという問題がありますが、この点について、国税通則法5条2項は、民法900条から同法902条が定める「法定相続分・代襲相続人の相続分・指定相続分」により、按分して相続人・包括受遺者が支払義務を承継するとしています。

上記の規定の意味するところは、①遺言により相続分が指定されている場合は、指定された相続分に応じて、②相続分の指定がなければ民法900条及び同法901条が定める相続分に応じてそれぞれ納税義務を承継するということです。相続により取得した積極財産の額に応じて、納税義務を承継させるというものであり、明確かつ画一的に納税義務の承継割合を決定するという観点からは合理性があると思われます。

[コラム-「民法第九百条から第九百二条まで」の意味]

国税通則法5条2項は、納税義務を按分で割り付ける基準として「民法第九百条から第九百二条まで(法定相続分・代襲相続人の相続分・遺言による相続分の指定)の規定によるその相続分」と定めています。この規定の意味はどこにあるのでしょうか。
 

この規定の意味は、民法900条から902条までが定める相続分に従って納税義務を割り付けるんでしょうと言われてしまえばその通りですので身も蓋もない話になってしまいますが、相続分に関しては、民法903条から同法904条の2にも規定があることに着目すると見える景色が変わってきます。

 
民法903条から同法904条の2は、いわゆる特別受益と寄与分に関する規定です。民法の規定では遺産分割は、民法900条から902条が定める法定相続分・指定相続分を基礎として、これに特別受益と寄与分による修正を加えて具体的相続分を算定するというプロセスが予定されています。
 

特別受益や寄与分については、遺産分割協議において争点化し、解決まで長期間を要することが多く、準確定申告の期限である相続開始を知った日の翌日から4ヵ月以内に、特別受益や寄与分の問題を解決し、具体的相続分に基づいて譲渡所得税を納税することは極めて困難です。
 

このような実態を踏まえて、国税通則法5条2項は、相続人・包括受遺者間で譲渡所得税の負担割合を決める際、特別受益と寄与分を考慮することを不要として、相続人・包括受遺者の負担割合の決定を容易にした趣旨と考えられます。

 
ところで、法定相続分及び指定相続分は実体法上権利である一方、「具体的相続分は、このように遺産分割手続における分配の前提となるべき計算上の価額又はその価額の遺産の総額に対する割合を意味するものであって、それ自体を実体法上の権利関係であるということはでき」ない(最判平成12年12月24日民集第54巻2号523頁)とされています。

 
国税通則法5条2項が、納税義務の承継割合を具体的相続分ではなく、指定相続分・法定相続分により定めるとしている点は、国税通則法5条2項は上記最判同様、具体的相続分は実体法上の権利ではないとの理解を基礎としていると思われ、理論的にも民法と一貫していることが窺えます。

[コラム-国税通則法5条2項と遺言作成の実際]

上記の[コラム-「民法第九百条から第九百二条まで」の意味]において、国税通則法が法定相続分・指定相続分により譲渡所得税の納税義務の負担割合を定める旨規定していることは、相続人・受遺者の負担割合決定を容易にする趣旨と指摘しましたが、この点がどの程度現実に機能しているかについて更に考えてみたいと思います。

 
遺言がない場合は、民法900条及び901条が定める法定相続分で負担割合を決めることが可能ですので、負担割合の決定は非常に容易です。立法時に意図したとおりに国税通則法5条2項が機能している場面だと思われます。

 
問題は遺言、特に遺言公正証書がある場合です。

 
相続分の指定とは、本来は、「Aの相続分を4分の1、Bの相続分を4分の3とする」などのように相続分の割合を指定することを意味しており、この場合、指定された相続分を基礎として遺産分割協議を行うというものです。

 
このような本来的な意味の相続分の指定であれば、相続分が遺言に明示されていますので、この割合に基づいて譲渡所得税の負担割合を決めればよく、法定相続分の場合と同様、国税通則法5条2項がよく機能する場面だと思われます。

 
問題は、実務上、本来の意味での相続分の指定がされることは少なく、現実に作成される遺言の大半が特定承継遺言(いわゆる「相続させる遺言」)であるという点です。

 
相続させる遺言とは、遺言において「Aに財産①を相続させる。Bに財産②、③、④を相続させる」などと、相続分の割合を記載することなく、相続させる財産を特定して記載する方法の遺言です。このような遺言は遺産の分割方法を指定した遺言になりますが、この分割方法の指定によって取得する財産の額が法定相続分を超過する場合、当該超過分まで相続分を増加させる旨指定した趣旨であるとされています(最判平成3年4月19日:民集第45巻4号477頁)。

 
そうであるとすると、相続させる遺言も相続分の指定がある場合にあたることになりますが、相続させる遺言は、遺言書に相続分の割合は記載がなく、各相続人・受遺者の遺産の取得額が確定することで(不動産がある場合はその評価額の確定も必要)、結果的に相続分が決まることになります。このような作業を準確定申告の期限までに行うことは相当困難であり、相続させる遺言がある事案においては、譲渡所得税の負担割合の判断を容易にするという趣旨は相当程度損なわれているように思います。

 
この点については、立法的な手当てはありませんので、個々の事案ごとに工夫して対応するしかないものと思います。

[コラム-国税通則法5条1項による譲渡所得税の負担割合と遺言の解釈による相続債務の帰属の関係]

法人に対する遺贈に関して発生する譲渡所得税が法定相続分又は指定相続分に応じて相続人又は包括受遺者に承継される旨国税通則法5条が定めていることは、上記で説明しました。

 
この規定は、国に対する納税義務を相続人・包括受遺者が承継する割合について定めたものですので、当然に相続人・包括受遺者間における納税義務の負担割合まで規律するものではなく、相続人・包括受遺者間の負担割合を、別途、遺言により定める余地もあるように思われます。

 

譲渡所得税は、被相続人の債務という点では、相続債務に含まれますので、問題としては、遺言により相続債務の帰属を定めることができるかという観点からの検討になると思われます。

 

この点については、最判平成21年3月24日(民集第63巻3号427頁)が相続債務について相続分を指定することを認めており、遺言により相続債務の帰属を定めることは可能と思われます。もっとも、この最判が指摘するとおり、相続債務に関する相続分の指定は債権者の関与なしに行われており、また、納税義務の場合は、私人間の債権ではなく、公法上の租税債権の帰属にかかわる問題のため、相続分の指定の効力は、租税債権者である国には及ばず、相続人・包括受遺者間の内部的負担を定める効力を有するにとどまると思われます。

 

具体的な処理としては、相続人・包括受遺者が国税通則法5条2項が定める負担割合に応じて譲渡所得税を納税したものの、これとは異なる負担割合が遺言により定められていた場合(遺言の解釈により定まる場合を含む)、遺言により定められた負担割合を超えて納税した相続人・包括受遺者は、他の相続人に対して超過部分を求償できるとの処理になると思われます。上記最判も、租税債権に関する事例ではありませんが、求償による処理を示唆しています。

 

どのような場合に国税通則法5条2項と遺言が定める負担割合が異なり、求償の問題になるかは、多様なケースがあり得ます。

 

例えば、2名の相続人(甲・乙)の事案で、土地A(5000万円)をA社に遺贈し、相続人甲にいわゆる判子代程度として300万円を相続させ、残りの全財産(約3億円)を相続人乙に相続させるというケースの場合、国税通則法5条2項によれば、取得財産の按分となりますので、相続人甲も譲渡所得税の支払義務を承継しますが、遺言の解釈としては、特段の事情がない限り、相続人甲に300万円を取得させ、その他の積極財産・負債を全て含めて相続人乙に相続させる趣旨と考えられます。この場合は、国に対する納税義務の負担割合と相続人・包括受遺者間の負担割合に齟齬が生じますので、求償により調整することになると思われます。

 

このあたりは、余り明確に文献でも説明されておりませんので、断言はできませんが、一つの考え方としてご参照ください。

2-3-2 特定遺贈の場合

特定遺贈については、納税義務の承継について定めた国税通則法5条1項において、受遺者に納税義務を承継させる旨の規定がないため、特定遺贈の受遺者は、納税義務は承継しないとされています(包括受遺者は相続人に含めて納税義務を承継させると規定しているが、特定遺贈については規定していない)。

[コラム-法人への特定遺贈と譲渡所得税の落し穴]

法人に対して遺贈がされた場合、被相続人に対して譲渡所得税が課税されます(所得税法59条1項)。

 

そして、この遺贈が特定遺贈だった場合、遺贈を受けた法人は遺贈の対象となった財産を取得できる一方で、譲渡所得税は一切負担せず、相続人・包括受遺者が譲渡所得税を負担することになります。

 

このように法人に対する特定遺贈については、受益者と譲渡所得税の負担者が一致しない状態になるため、問題が生じることがあります。本文の事例は、その典型であり、A社に対する遺贈について生じる譲渡所得税を、相続人5名が負担することになります。このうち、長男以外の相続人は、遺言による指定相続分が0円又は1000万円にすぎないにもかかわらず、多額の譲渡所得税の支払義務を承継することになります。

 

この場合、譲渡所得税の支払義務を免れるために相続放棄を余儀なくされることもあります。

 

おそらく、このような結果は、遺言を残した被相続人も予期していないでしょう。法人へ遺贈する場合は、課税関係を慎重に検討した上で、実行することを強くお勧めします。

2-5 申告・納税手続

遺贈に対する譲渡所得税は、準確定申告(所得税法125条)により処理することになるため、相続が開始したことを知った日の翌日から4ヵ月以内に申告及び納税を済ませる必要があります。

相続税の申告・納税期限が、相続開始を知った日の翌日から10ヵ月以内とされていることと比較して、かなり期限が短いため注意が必要です。

2-6 受遺者である法人に対する課税関係

ここまでは遺贈をする側である被相続人に対する課税関係を説明しましたが、受遺者である法人の課税関係について整理しておきます。

結論としては、受遺者である法人には、特定遺贈・包括遺贈いずれの場合でも、相続税は課税されず、法人税が課税されることになります。

相続税法1条の3は、「個人」を相続税の納税義務者としており、法人は相続税の納税義務者とされていないこと、遺贈は法人税法22条2号「無償の資産の譲り受け」にあたることがその理由です。

なお、特定遺贈の場合、法人は、法人税のみを負担することになりますが、包括遺贈の場合は法人税が課税されることに加え、被相続人に課税された譲渡所得税(所得税法59条1項)を相続分に応じて承継することになるため(国税通則法5条2項)、法人税と譲渡所得税(一部)を負担することになります。

3 担当弁護士のコメント

ここまで見てきたとおり、法人に対する遺贈は、譲渡所得税の問題があり、課税負担が重く、かつ、特定遺贈の場合、受益者と納税義務者が一致しないなどの問題を抱えており、非常に問題が多いと言えます。

そのため、法人への遺贈を行うのは、対象不動産に含み益がない場合、繰越欠損金があり譲渡益を消し込める場合などに限定されるのではないかと思われます。

以上